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見出し労働条件引下げは許されるのでしょうか

Q:労働条件引下げは許されるのでしょうか

Aさんは会社に入社直後、震災で売上げが減少しているので、従業員の賃金を一方的に一律10%引下げると言われましたが、何も言わずそのまま働いていたらどうなるのでしょう。

A:個々の労働者の同意もないままなされることは許されません

使用者が、労働協約や就業規則による変更でなく、一方的に労働条件を切り下げるためには、労働契約上の根拠が必要とされ、何らの根拠がなく個々の労働者の同意もないまま一方的に労働条件を切り下げることは、当然のことながら許されません。

労働条件変更のルール

労働条件は、労働者と使用者の合意に基づき決定されるのが原則であり(労契法3条1項)、したがって労働条件の変更も、労使の合意に基づかなければならず(同法8条)、労働者の同意や就業規則等の適法な変更ルールに基づかない労働条件の切下げは無効とされ、この場合従来どおりの労働条件に基づく契約内容の履行を求めることができます。
上記のとおり、賃金引下げなどの労働条件の変更は労働者と使用者の個別の合意があれば可能ですが、労働協約や就業規則の変更により賃金の引下げを行うには、労働者の受ける不利益の程度、変更の必要性、変更後の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況等に照らして合理的であること、また、変更後の就業規則を労働者に周知させることが必要とされ(労契法10条)、さらに、労基法上では、就業規則の変更の際には、労働者の代表等の意見を聞くとともに、労基署への届出が義務付けられています(労基法89条・90条)。

合意による労働条件の変更

労働契約が契約である以上、当事者間の合意によって特定された労働条件について、使用者がそれを変更したいと考える場合、労働者の同意を得なければならないのは、契約法上当然のことであり、この趣旨を明らかにするものとして、労契法8条は、「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる」と規定しています。したがって使用者が、労働協約や就業規則による変更でなく、一方的に労働条件を切り下げるためには、労働契約上の根拠が必要とされ、個々の労働者の同意もないまま一方的に労働条件を切り下げることは、当然のことながら許されず無効となります。
判例でも、例えば、経営悪化による整理解雇を回避するための「賃金調整」と称して、就業規則変更や労働協約締結によらずに、一部の従業員の資格を下位に格付けして基本給と資格手当を減額もしくは不支給としたケースにつき、「労働契約において賃金はもっとも重要な労働条件としての契約要素であることはいうまでもなく、これを従業員の同意を得ることなく一方的に不利益に変更することはできない」としています。

「黙示の同意」と「自由な意思」

労働条件変更について、労働者が黙示で同意することもあり得ます。
もっとも労働条件を労働者に有利に変更するときには、労働者は異議を唱えないでしょうから、その時点で黙示の合意のうえ、労働契約の内容が変更されたものとみなすことができます。
したがって不利益変更の場合でも、労働者が不満をいだきながらも、黙ってそのまま働けば、黙示の承諾による契約内容の変更がなされたとみなされる場合があり得るのです。しかし、賃金などの中核的な労働条件の引下げについては、労働者の同意の有無は慎重に判断されるべきであり、使用者の提案に対して即座に異議を述べなかったり、引き下げられた賃金を一定期間異議なく受け取っていたという事実から、直ちに労働者の黙示の同意を認定すべきではありません。この場合労働条件変更に対して労働者の同意が認定される場合でも、その意思表示に瑕疵があれば無効ないし取消可能となり、例えば使用者が解雇の威嚇とともに労働者に労働条件変更への同意を迫った場合には、強迫(民法96条1項)もしくは要素の錯誤として無効となり得ます。
しかし、民法による取消しや無効の要件は限定されており、それによる解決には限界があり、労使の従属的関係においてなされた、労働者に重大な不利益を及ぼす労働条件変更の「合意」については、民法の枠組みとは別個に、労働者の「真に自由な意思」の存在が必要と解すべきでしょう。