求人募集の労働条件と実際の労働条件が違う
Q:求人募集の労働条件と実際の労働条件が違う
Aさんは子育てが一段落したので、再就職することにし、B社の「正社員募集、基本給20万円、社会保険完備」の求人票を見て応募し、採用されました。ところが、入社後、「パートで採用した」と言われ、賃金も時間給(@900円)で、社会保険にも入れてもらえず、納得できません。
A:求人票が実際と異なる場合、労基法違反となります。
求人票記載の労働条件は、一般に労働契約申込の誘引とされ、直ちには労働契約の内容とならないとされる可能性が高いですが、まずは、使用者に対し求人票に明示された通りの労働条件の履行を要求すべきでしょう。求人票と実際の労働条件が異なっていた場合、労働者に即時解除権が発生しますが、その条件下で異議申立てせずに労働している場合には、黙示の合意により契約内容になったものとなる場合がありますので注意が必要です。ちなみに本件では、求人票が実際の労働条件と異なる場合、使用者は職安法並びに労基法違反等として処罰の対象とされます。
採用のプロセスとは
労働契約の締結は、一般に採用と呼ばれており、通常企業の側からの労働者の募集(=求人)で始まり、これに労働者が応募(=求職)し、最終的には求職者と求人者の意思が合致することにより、契約成立に至るプロセスを辿ることになります(図表)。
学卒定期採用の場合、使用者は早い段階で、会社説明会や個別訪問を通じて学生との接触を開始し、採用試験や面接を経て事実上採用を決定し、その後、企業間協定などに基づき一定の時点(現在は10月1日)で正式の採用内定通知を発し、そのうえで卒業と同時に就労させるというのが、典型的な採用過程であり、定期採用によって採用され就労を開始した労働者について、さらに3カ月ないし6カ月の試用期間が設けられ、その期間が終了して初めて「本採用」として扱われる場合が多いのです。
これに対して、現在わが国の雇用労働者の4割近くに達している、パートや契約社員などのいわゆる非正規社員は、随時必要に応じて採用されるのが通例であり、また近年は、使用者が正規社員として長期雇用する労働者の選択に慎重になっており、最初は非正規社員として雇用した後に正規社員に登用する方法や、実際に使用した派遣労働者のなかから適当な労働者を選択して採用する方法(紹介予定派遣)なども拡がりつつあり、後述するとおり種々の問題を生んでいるものです。
採用のプロセスにおける信義則
労働契約は前述したとおり、求職者と求人企業との意思の合致によって成立するものであり、求職・求人活動は、その前段階としての交渉を含めた締結過程であり、通常企業が募集や職員紹介機関への求人申込(求人広告や求人票への記載)によって始まり、これはいわば申込みの誘引とされるものであり、求職者が広告・求人票の記載事項を承諾したからといって、それで直ちに労働契約が成立するものではありません。
しかし、労働契約締結過程において、求職者(応募者)が企業との面接や協議などを重ねることによって、労働契約の締結が確実であるとの期待を有する段階に至ったのちにおいて、企業が交渉を破棄し契約締結がなされなかった場合には、企業は労働契約締結過程上の信義則に反するとして、求職者に対して不法行為に基づく損害賠償責任を負うことがあります。
例えば、求職者(応募者)が入社が確実であると期待して、これまでの勤務先を退職したような場合や、後述する採用内々定のケース、さらには、労働契約は成立したものの、交渉過程(採用過程)において、使用者側に説明や情報提供に問題があったため、労働者の期待と実際の労働条件に食い違いが生じたといったケースなどは、使用者に信義則違反による損害賠償義務が生じることになるのです。
求人募集の方法
ハローワークの行う職業紹介、指導は無料ですが、今日ハローワークの紹介による就職者は全就労者の約2割にすぎず、広告や就職情報誌などの民間事業の役割が高まっています。ちなみにハローワーク以外の職業紹介事業は、有料、無料いずれについても「不適格な者の参入を排除し、事業運営の適格性と求職者の利益を確保する」うえから、許可制が原則とされています(30条・33条)。
労働条件明示義務
職業紹介業者や募集業者のみならず募集者自身も、業務の内容、賃金・労働時間その他の労働条件の明示を義務付けられ(5条の3)、明示の方法として、書面の交付または電子メールによって行うこととされ、求人側が、公共職業安定所から求職者の紹介を受けたときは、その者を採用したかどうか、不採用のときはその理由を速やかに通知することとされ(施行規則4条の2)、これらの者が虚偽の広告、条件を提示して職業紹介、募集を行った場合は処罰されます(6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金。職安法65条)。設問では、虚偽の広告、条件で職業紹介、募集を行なっている可能性が高く、職安法違反となるでしょう。
さらに労働契約締結過程でも、同じように実際の業務内容、場所と異なった条件が提供された場合には、使用者は労働条件明示義務違反として罰則の対象となり、労働者は即時解除を行使して帰郷費用を請求でき(労基法15条、120条)、また慰謝料請求も可能であり、本問ではその可能性が高いといえましょう。ちなみにその条件下で異議申立てせずに労働している場合には、黙示の合意により契約内容になったものとなる場合がありますので注意が必要です。